大切なものは

第 18 話


ありもしない花畑を見、成長した親友を目の当たりにしても、その瞳は現実ではなく過去の姿を映し出し、感じるはずの無い夏の日差しを感じ、その記憶は過去に固定され、いつまでもあのひまわり畑からルルーシュは出ようとしなかった。幼児退行と言われたが、明らかにそれだけではすまない内容だ。まるでリフレイン患者を見ているようで、それはこの時が彼の幸せ、戻りたい時代だったのだと突きつけられているようにも思えた。脳が現実を拒み、過去の幻覚を見せ続ける症状は簡単には回復しないと判断され、ギアスを解除し、まずは肉体面での回復を優先することになった。
精神に異常をきたした。たったそれだけのことで、あっさりと、ルルーシュはルルーシュに戻された。重罪を犯した反逆者に。演技である可能性もあると進言しても聞き入れられることはなかった。ルルーシュは狡猾だ。自分に有利な状況を作り出すためならなんでもする。
・・・いや、それなら幼児退行なんて悪手では?
退行はルルーシュの記憶が戻る可能性を示している。
記憶が回復しているなら、そんな事せずジュリアスのままのほうがいいはず。
なら、あの症状は演技ではなかったのか?
・・・。
・・・。
・・・まあいい。
今それを考えても仕方がない。
幼い頃のものとはいえ、記憶を戻したルルーシュを目の当たりにした今、過去を忘れ、罪を忘れ、まったくの別人となったジュリアスの相手のほうがマシだったと気付かされた。全てを知り、腹違いの妹を操り、自らの手でその命を奪った。日本人を救うと、弱者を救うと口にしながら、日本人の虐殺を命じ、その罪を全てユーフェミアに押し付け、自らを英雄にしようとしたルルーシュがそこにいるというだけで腸が煮えくりかえるほどの怒りに支配された。
姿を見ただけでそうだったのに、会話をすれば怒りが増加するのは当たり前のことで、その言動すべてが憎く、今すぐにその口をふさぎ言葉を発せられないよう喉を潰したくなる衝動を抑えるのに苦労した。
なにが『愛するナナリーを思い自力で解除した』だ。
そんな事は不可能だ。
皇帝の思うままに人格を、記憶を書き換えられ、体調が思わしくないから元に戻されただけに過ぎないのに、よく恥ずかしげも無く自力で解除したと自信満々に言えたものだ。ギアスという悪魔の呪いは自力でどうにかできる物ではない。それが可能なら、ユーフェミアは人を殺すことなど無かった。死の寸前までその力に抗い苦しむことなど無かったのだ。彼女ほど優しい人はいない。彼女ほど、人々を護ろうとした人はいない。その彼女でさえ解除できなかったのだから、不可能だ。
それなのに、それなのに。
思いだせば、それだけ憎しみが増す。
自信満々に、まるでユーフェミアを蔑むかのように笑い、自分がいかに優れていたか、自分のナナリーに対する愛情がどれほど強く素晴らしいか語るあの姿を思い出すたびに沸き起こる殺意。心の中で何度殺したか解らない。何度殺しても現実のルルーシュは死ぬ事はなく、ユーフェミアが生きられなかった未来を当たり前のように生きている。
再びルルーシュの監視と護衛を命じられたが、誰かが暗殺するよりも自分が殺す確率の方がはるかに高いと正直に話し、この任を降りようとしたがそれは許されなかった。
今の状況はともかく、少なくても全てを書き換えたジュリアス、そして、全てを忘れた幼いルルーシュの信頼を得ている唯一の人物だからと、変な信頼を得てしまったのか、あるいはこの状況を楽しんでいるのか。

これも罰なのだろう。
自分が犯した罪はそれほど重い。
そして、彼が犯した罪も。
これ以上彼が罪を犯さないよう見張れるのは自分だけ。
彼に罪を償わせるためにも、自分が傍にいるべきなのだろう。

・・・・・・・だめだ。
結局このわけのわからない同居生活を解消できなかったため、なんとか自分の中で自分を抑えるための理由を作り出そうとしているが、失敗ばかりだ。
ナナリーが抑えられている以上、ルルーシュは下手には動けない。
ルルーシュは殺したいほど憎んでいる皇帝の手足となり、壊したいと願っていた国に服従するしかないのだ。たとえどんなに嫌がっても、どれほど拒絶しても、自分が必ずルルーシュに任務を遂行させる。自分は鎖だ。ルルーシュが逃げ出し、再びゼロとならないよう、この地につなぎとめるための鎖なのだ。
それで納得するしかない。
憎しみであっさり命を奪うより、生き地獄を。
それが出来るのは、自分だけだ。


そこまで考えたとき、すぐ傍の部屋で何かが割れる音が聞こえた。



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ただスザクが一人でうだうだ考えてただけの話

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